小説(女性作家)|2014年に読んだ本
今回の記事は、以前書いていたブログ「鶴の手帖」2014年11月のエントリーを転載したものです。
はじめに
「はじめに」に続いて、昨年(2014年)読んだ本の中から、特におもしろかった本や感銘を受けた本の感想を、数回に分けて書きたいと思う。
今回は「小説」編。……書き始めたら長くなったので、まずは女性作家に絞って挙げる。
特に「小説」や「エッセイ」の場合に言えるのだが、好みの本を見つけることはなかなか難しい。しかし、本を読みはじめて二年目のぼくにとって、昨年は好きなものを選ぶ基準がだんだんと定まってきた一年だった。
ぼくは、昔から本を読んでいたわけでもないのです。すこし恥ずかしいのだけど、有名なタイトルでも、この年齢になってはじめて読むことがある。
しかし自分がある程度の歳を重ねているからこそ、人物の気持ちだとか文章の持つ味わいだとかがよく分かり、「これは若いころだったら理解できなかっただろうな」と思うことも多い。はじめてということは、新鮮な気持ちで作品に向き合えるわけで、それはちょっと得した気分になる。
なお、ぼくは気が小さい。
著者の生活ことを考えると、借りた本を読むというのはどこか落ち着かないところがあり、したがってなるべく本は書店で購入するようにしている。ただ、評価の定まっていない新刊には手を出さない。
また、これは特に文体の話しなのだが、少しむかしの作家の文章の方が気になることが多い。特に古めの短編やエッセイなどは書店で見つけられないことも多く、そんなときは迷わず図書館で借りる。高名な作家の本であれば図書館に行けば大概のものが読める。
次に、あまりマニアックな本には手を出さない。日常の生活を基盤にした小説を読む。また、物語の展開や事件で読ませるのではなく、細かな人間観察や内面的な描写が得意な作家が好きだ。
昨年読んだ本に限って言えば、なぜか女性の書いたものの比率が高かったと思う。
昨年、ある短篇集にめぐりあってから大好きになった姫野カオルコ。合わせて、今年の大収穫と言えば、向田邦子、三浦綾子、村田喜代子。
次回のエントリーでは、「小説・男性作家」編を書こうと思っているが、男性作家で読んだのは、遠藤周作、中勘助、志賀直哉、宮本輝、などなど。
……
では「小説|女性作家」編を。
思いつくまま並べたので、順番に特別な意味はありません。
2014年に読んだ小説|女性作家編
姫野カオルコ「リアル・シンデレラ」ほか
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実はまだ、直木賞を獲った「昭和の犬」は読んでいない。しかしこの直木賞作品はひょっとして「ハルカ・エイティ」で消化しきれず、「リアル・シンデレラ」でまとめあげた主題を、さらにもう一歩発展させた作品なのでは、などと勝手に想像している。
ただ、この「リアル・シンデレラ」は、タイトルと単行本の表紙で損をしている気もする。どちらも、清廉な主人公からは、だいぶ遠いのではなかろうか。
さて、「昭和の犬」は、近々読もうと思って楽しみにしているのです。ちなみに姫野作品では、今年は「蕎麦屋の恋 (角川文庫)」という短篇集も読みました。
向田邦子「思い出トランプ」
- 作者: 向田邦子
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1983/05
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トランプの枚数と同じ13の作品から成る短編集。
どれも書き出しは、家族とのありふれた日常を描いた小品……のように思える。しかし、驚くほど繊細な人間観察、澱んだり流れたりの感情表現、巧みな比喩、短い一文に時間の経過と場の緊張感を含ませる計算、それら文筆上の技を組み合わせて、日常の裏側に潜む、人の内面やら過去やらをジワジワとあぶりだしていく。あとがきでは、その技を水上勉さんが「芸」と評しているが、正にこれはひとつの「芸」。ぜんぶ引っかかって、僕の中に留まっている。
この一冊から向田邦子という人に出逢えたことが、今年いちばん嬉しかったことだ。読みはじめてすぐに、これはぼくにとって大切な本になるな、ということが分かったので、次をはやく読みたいような、だけどずっと終わって欲しくないような、幸せな気分のまま最後まで一気に読んだ。本好きには覚えがあるだろう、こういうかけがえのない一冊との出逢いは、その後の生き方にも影響を与えられる。
だが、ぼくが向田さんを想う気持ちなど、この人の前では霞んでしまう。爆笑問題の太田光さんが書いた、向田邦子を絶賛する内容の、「向田邦子の陽射し (文春文庫)」。
向田さんに対する思いが溢れすぎていて、太田光という人間が恐くなるほどだ。
三浦綾子「塩狩峠」ほか
- 作者: 三浦綾子
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三浦綾子さんも、名前は知っていても読んだことのなかった作家。まずは「氷点」、物語としてのおもしろさに引き込まれた。しかし残念ながら「続 氷点」は、ぼく個人にとってはいらなかったように思う。
ここでは、「塩狩峠」の感想を。
……十代の頃だったらもっと邪推する読み方をして、主人公永野の潔癖すぎる生き方を嫌ってしまっただろう。しかし自分が俗っぽい人間であることを身に沁みて想う近頃のぼくには、素直に永野を尊敬できる気持ちが生まれてたんだな。
基督教を押し付けてくるようにも感じなかったし、素直に好きな作品だ。
村田喜代子「鍋の中」
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向田さんとの出逢いがなければ、間違いなく今年一番心に残ったであろう短篇集。表題作は、黒澤映画「八月の狂詩曲(ラプソディー)」の原作。
収められている四つの作品のどれも、まず風景や人物の描写が良い。気温や匂い、味や触感などを感じさせる文章で、例えると、となりに座った村田さんが目の前の様子をスケッチしてくれているみたい。
一番惹かれたのはやはり、従兄弟たちと過ごす田舎のひと夏を描いた表題作「鍋の中」。穏やかさと不気味さとが同時進行する不思議なお話。現実と昔ばなし、さらに妄想の世界までをも行き来してるような世界観に誤魔化されてしまうが、実はこの作品のテーマは「思春期の性」なのだろう。しかしちっとも俗っぽさは感じさせず、そこは巧みに覆い隠して、「血縁」という真の主題に導いていけるのが、女性作家ならではというか、この村田喜代子さんの品の良さなのだと思う。しかも終盤はポカーンとするようなユーモアでまとめてあって素敵だ。誰にでもおすすめできる。
エレナ・ポーター|訳:村岡花子「少女パレアナ」
- 作者: エレナ・ポーター,村岡花子
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 1986/01
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2014年の連続テレビ小説「花子とアン」で話題になった、村岡花子さんの翻訳。実はこの本は、小学生か中学生のときに一度読んでいる。また、ハウス世界名作劇場「愛少女ポリアンナ物語」というアニメとして放映されていたので、覚えている方もいらっしゃるんじゃないだろうか。
ぼくは内容をすっかり忘れてしまっていたのだが、再読して、結構この本に影響を受けていることに気付き、驚いた。
「良かった探し」のことである。知らず知らずのうちに、自分も「良かった探し」をしていたが、そのルーツが「少女パレアナ」だったとは。
自己啓発本に良くある「ポジティブシンキング」にちょっと似ているけど、「ポジティブシンキング」ってなんだかとても気持ち悪いのに、「少女パレアナ」を読み終わったときの晴れやかな気分は何なのだろう。「塩狩峠」もそうだけど、この年齢になって、やっと素直な性格に近づけてきたってことかなぁ。
ちなみに村岡さんは、後で読んだ向田さんのエッセイにも「ラジオのおばさん」として出てきた。昭和の時代、多くの日本人の生活には欠かせない方だったんだね。
では、「小説(男性作家)」編へとつづく。