調べる技術・書く技術|野村進
※ 今回のエントリーは、以前書いていた「鶴の手帖」というブログの2013年11月6日の内容に、若干の修正を加えて転載した記事となります。
読みやすく、内容がきちんとと伝わる文章を書くのって、難しい
少し前から、書く練習をしています。
経験したこと、その経験を通じて感じたことなどを、分かりやすい文章に残したいと思っており、このブログを更新するのもその一環なのですが、未だ納得いくものが書けず悪戦苦闘しています。
ここ数年は本を読む習慣も途切れていたのですが、やはり上手い文章を読むことが上達への道だと思い、近ごろは文章が上手いと言われる作家の作品を中心に、小説やエッセイを読んでいます。また、書く技術についての指南書も、評判が良い物があれば手に取るようにしています。この半年くらいで読んだものの中では、次の三冊が勉強になりました。
そして、最近読み終えたノンフィクションライターの野村進さんの「調べる技術・書く技術」という新書が、この三冊に匹敵するような素晴らしい本だったので、今回はその内容を紹介したいと思います。
- 作者: 野村進
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2008/04/18
- メディア: 新書
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先の三冊は、主に書き始めてからの心構えや言葉の使い方について説明されておりましたが、この「調べる技術・書く技術」は、ノンフィクションを書くための手ほどきという性格上、書く前の準備や、情報を整理する方法の解説に重点が置かれています。
なぜ書くのか、書きはじめたらどうなったか
そもそも私が書くことに挑戦しはじめたのは、自分で書いた文章を読み返したときに、そのあまりの分かりにくさに自分が情けなくなったからでした。名文は書けなくとも、正しく読みやすい文章を書いてみたい。
ところがいざ腰を据えてやりだしてみると、書くことによる別の効果が見えてきたりして、このところ面白く感じています。
例えばこんな発見がありました。まとまった文章を書くためには、事前の準備が欠かせません。
メモを仕分けたり、事実関係を調べたり、一度書いた文章を削ったり……。書くための準備ひとつひとつに手間をかけた上で文章をまとめてみると、頭の中が整理されてすっきりとします。私の場合、それがなぜか心の平穏を保つことにつながっているようなのです。こんなことは、はじめる前には思いつきもしませんでした。
ただ、こうした作業を毎日休みなく続けることは難しく、たまにこうして書き上げることが出来た文章も、後で読み返してみると、思っている以上に分かりにくい部分が多い。なかなか上達が実感できません。
最近はネットを使って、書くための材料を簡単に集めることもできますが、そうした情報をつなぎあわせてみても、文章に深みが感じられません。また準備が足りないまま無理に書き進めても、納得いく仕上がりにはなりませんでした。私の文章には、書く以前の準備や作り込みが欠けているのだと思います。
「誰にでも理解してもらえるような、正確で簡潔な文章を書くのは、とても大変なことなのだなぁ」と、改めて感じます。
そう思っていた矢先「調べる技術・書く技術」に出会いました。
テーマの設定に始まって、媒体に応じた資料の集め方、人に会って話を聞く方法など、書く前の段取りの技術やマナーが惜しげもなく綴られ、ライターを目指しているわけではない私のような人間にとっても、文章を書く上で参考にしたいノウハウが詰まっていました。
また、他人になにかを依頼する際の心構えやマナーを説明する件は、新入社員の研修資料にしたいほどの内容で、野村進さんの実直さや、きめ細やかな心配りまでが一体となって伝わってきます。プロの記者というものは、こんなに相手のことを考えて取材するのか、と感銘を受けました。
また本書の最後の方では、実際に発表されたノンフィクション3編を題材として、それを書くためにどういう準備をしたのかが克明に綴られた3つの章があり、これがとびきり面白い!
題材となったノンフィクション本編もそれぞれに内容も深く面白いのですが、それらを書くための取材の様子は、たいへん興味深いものでした。この3つの章を読むだけでも、この本はおすすめです。
章と本編のタイトルを並べただけでもその面白さの片鱗が伺えるので、それらを書き写しておきます。
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第六章 人物を書く「AERA『現代の肖像』」掲載
歌舞伎俳優 市川笑也の人物ノンフィクション「大部屋育ちの『玉三郎二世』」
第七章 事件を書く「現代」掲載
事件ノンフィクション「五人の少女はなぜ飛び降りたか」
第八章 体験を書く「介護&ケアマガジン『VIVO』」掲載
連載企画 ナースにチャレンジ「難病の病棟で垣間見た 患者さんとナース、それぞれが乗り越える“葛藤”」
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印象的な文章の抜粋
では、以下に「調べる技術・書く技術」の中で印象に残った部分と、その感想をを書いてみます。
第一章「テーマを決める」
p.15 チャップリンのステッキかつて「週刊朝日」の名編集長として一時代を築いた扇谷正造が “喜劇王” チャールズ・チャップリンの独創性を次のように評したことがある。
チャップリンの笑いは喜劇映画に革命をもたらしたと言われるが、道具立てはすべて使い古されたものばかりであった。有名な山高帽にしても、誇張したメーキャップや付け髭にしても、だぶだぶのズボンにしても、それにあのドタ靴だって、従来の喜劇でお馴染みの代物に過ぎなかった。だが、チャップリンが違っていたところが、ひとつだけある。それは、ステッキを取り入れたことだ。あの一本のステッキこそ、山高帽や付け髭やドタ靴に統一感を与え、いままで見たこともないコメディアンが出現したと観客に印象づけたというのである。
テーマを決めるときには、この「チャップリンのステッキ」を見つけさえすればよい。
本来の意味での「独創」ではないけれど、それまでのくすんでいた色合いががらりと変わって、鮮やかな印象をもたらすだろう。読者の側には、それが「独創」と受け取られるのである。
▲ チャップリンのステッキ。ごく稀に、別段変わった話題を取り上げているわけでもないのに、非常に面白い視点から物事をとらえていて、読んでいて膝を打つような文章に出会うことがあります。これなどは典型的なチャップリンのステッキの魔法がかけられた文章なのではないでしょうか。結びつけるそれぞれは、出来るだけ遠いところから持って来たほうが、より新鮮なテーマとなりそうです。
第四章「話を聞く」
p.110 (4) インタビューのあとでかくしてインタビューは終了した。あなたは取材ノートを閉じ、録音機器の停止ボタンを押す。
ところが、本当の取材はここから始まるのだ。
約束したインタビューの時間を終え、先方は心の中で安堵のため息をつくか、余計なことをしゃべりすぎたと臍をかんでいるか、いずれにせよ緊張がいくらかはゆるんでいる。
そのときなのである。インタビュー中には語られなかった本音が洩れるのは。
それを聞き逃してはならない。さりげなく(あくまでもさりげなく)話を深めていく。
私の経験では、取材ノートを閉じてから会話がさらに一時間以上も続くようなら、その取材は間違いなく成功裏に終わる。このときには前述した「丸暗記取材」に頼るほかはないのだが、取材の醍醐味をもっとも感じるのは、こうした機会に巡り合ったときだ。
▲ 話を聞くための技術を論じた部分ですが、このノウハウは他の分野でも活かせるのではないでしょうか。ありきたりの感想になりますが、最後まで粘り強く行うことは、あらゆる場面で大切です。あとひと押しが粘れないまま、脱落していってしまう人にもしばしば遭遇します。また、ある経営者は著書の中で「もうダメだ、終わりだ、というところが本当のスタートだ」と言っています。そう言えば「残り物には福がある」なんて格言もありますね。
第五章「原稿を書く」
p.127 ペン・シャープナーさあ、原稿を書く準備は整った。いざデスクに向かおう。
と言いたいところだが、なかなかそうはいかない(中略)
原稿を書くという一点に神経を集中させるのは、プロでもたやすくないことなのだ。
(中略)
もうひとつ集中の儀式に役立つ材料に、「ペン・シャープナー」というものがある。
英語で記すと、pen-sharpener、つまりペン先を鋭くさせるものという意味である。
いったい何のことかと思われるだろうが、ペン・シャープナーとは、文章のカンを鈍らせないために読む本や、原稿を書く前に読むお気に入りの文章のことだ(中略)
私のペン・シャープナーは長らく山本周五郎と大西巨人だったが、自分なりの“ペン・シャープナー手帳”も作ってある。文章を読んでいて心を動かされたり、その表現に感心した文章に出会ったら、必ず専用のメモ帳に書き記すことにしてきたのである(中略)
執筆の前には、この手帳を好きなところから広げて読みはじめる。すると、気持ちが徐々に書こうという方向に高まっていく。その瞬間を逃さず書きはじめるのが、コツだ。気持ちが高まってきたのに、ペン・シャープナーのほうを読み続けていると、意欲は再びしぼんでしまうもので、絶対にタイミングを逃してはならない(と、ほとんど自分に言い聞かせている)
▲ この方法は具体的で本当に参考になります。私自身、ブログを書き始めて約半年、一番難しいのがこの書き出すタイミングです。今まではその偶然の瞬間が来るのを、毎日ただ待ち続けるだけだったのですが、自分からタイミングを引き寄せるこんな方法があったとは!!
私と同じく、気持ちを高める最初のところでつまづいてしまう全ての人に有効なのではないでしょうか。
紹介されていた書籍(主にノンフィクション)
また、この「調べる技術・書く技術」の中で野村進さんが紹介されている本が、どれも面白そうです。引用されたさわりの部分を読んだだけでも、すぐにでも読みたくなってしまいます。
私も未読のものがほとんどですので、興味を持ったものを備忘録として以下に挙げます。
ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争 (講談社文庫)
そして、野村進さんによる次の二冊もぜひ読みたい。
千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン (角川oneテーマ21)
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最後は、本書144頁で述べられた野村さんのこの宣言で締めます。
私は、作家・山口瞳が言った、
「ジャーナリストとは、他人のファイン・プレイを探して世の中に紹介する仕事だ」
という言葉の信奉者である。
- 作者: 野村進
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