つるつるの手帖

なにかおもしろいことないかなー

『ビル・カニンガム&ニューヨーク』と「未来の働き方」

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※ 今回のエントリーは、以前書いていた「鶴の手帖」というブログの2013年7月27日の内容に、若干の修正を加えて転載した記事となります。

『未来の働き方を考えよう』を読んだ

未来の働き方を考えよう 人生は二回、生きられる

未来の働き方を考えよう 人生は二回、生きられる

ちきりんさんの『未来の働き方を考えよう』を読んで、自分の未来の働き方が気になりだしました。
その後、映画『ビル・カニンガム&ニューヨーク』を観て、理想とする未来の働き方が少し見えてきたような気がします。

たぶん僕は「働く」ってこと自体が好きなんだと思う。
現在の仕事に全面的に満足しているわけではないですが、充実した毎日です。動きまわり、よくしゃべるからでしょうか、「あなたって、仕事が好きなんでしょ?」と聞かれることもある。
でも、今の仕事を楽しむのと同時に、もっと楽しい働き方はないだろうか、ってことだって、いつも考えています。

『未来の働き方を考えよう』からは、色々なヒントをもらったのですが、同時に不安も感じました。ちきりんさんはこの中で、40歳くらいで今の仕事を一旦リセットし、今までとは違った仕事を選択してみたらどうだろう?と、提案されています。本書のテーマであり、すごく良いアイディアだと思う。しかし、内容に共感はしましたが、読んだからといって、未来の働き方が具体的に見えてきた訳ではなく、そこに不安の原因があるわけです。

今までにやってきた仕事を振り返ってみたときに、歩いてきた道のりに自信や充実感はあるけれど、それはそれ。40歳を越えた今、もう一度価値観や判断の基準を見直す時期に来ていると感じています。

ビル・カニンガム&ニューヨーク

(※ 内容に踏み込んで書いた部分があるため、多少のネタバレが含まれます)

ビル・カニンガム&ニューヨーク [DVD]

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そんな矢先、ネットである映画の評判を読みました。『 ビル・カニンガム&ニューヨーク 』というドキュメンタリー映画です。
予告編を観てみたら、主人公のビル・カニンガムさんは、かなりのご高齢であるが、いつも自転車で動きまわっていて、笑顔がとびきり素晴らしい。ぜひ本編を観てみたいと思いました。
著名人による映画宣伝のためのコメントには、正直しらけてしまうことも多いのですが、ビルさんを称賛するVOGUEの名物編集長、アナ・ウィンターの言葉には共感を覚えました。ストリートファッションに対する彼の目利きの確かさと人間的な魅力、仕事に取り組む姿勢に、最大の敬意を払っています。


『ビル・カニンガム&ニューヨーク』 予告篇 - YouTube

なるほど、ビルさんは仕事が大好きなようだ。彼のやっていること、話していることは、今しっかりと見ておくべきだろう。
足を運んだのは、浜松市田町のミニシアター『浜松シネマ・イーラ
たいした前振りもなく映画が始まりました。唐突に始まるところが逆に、ドキュメントとして誠実な作りに思えます。

主人公のビル・カニンガムさんは、1929年生まれだそうですから今年で84歳(映画は2010年の作品であり、ここでの彼は82歳)ニューヨークのストリートファッションのスナップを50年にわたって撮り続けているそうです。
ファッションが大好きで、その世界では一目置かれている彼なのに、普段のユニフォームはどこにでも売っているような青い作業着。雨の日には、自分で補修しながら着続けている雨合羽を羽織ります。毎日、愛用するシュウインの自転車に乗って街に出、個性的なファッションに身を包んだ人々をカメラで撮影します。
彼は今でも毎日が忙しく、仕事が一番楽しいと言う。自転車で、渋滞の隙間をスイスイと走り抜けるさまにはびっくりしてしまいますが、そのパワフルな仕事ぶりは、とても80代には見えません。
撮った写真は、共通するテーマを持ってニューヨーク・タイムズ紙のコラムにまとめられます。コラムは写真中心のもので、予告編にもありますが、「みな、彼のため(ビルに写真を撮られるため)に服を着る」とアナ・ウィンターに言わせてしまいます。

仕事をしている彼の笑顔は、なぜあんなに素敵なのか?
映画を観ている間中ずっと気になっていたのですが、これからの働き方を考える上で、是非とも参考にしたい部分です。

この作品は、準備に10年を要したそうです。そのうち、表には出たがらないビルさんの説得に8年を費やしたそう。この話からも既にビルさんの人柄が伝わってくるようですが、どうしたら彼のように、80歳を越えてまで楽しく仕事に取り組めるのでしょう?

80歳を越えても楽しく仕事をするためには

ぼくも、ビルさんのように80歳まで楽しく仕事をしていたい。映画を観て、感じたことを6つにまとめてみました。

1. 大好きなことに取り組んでいること

まずはこれが原則だと思います。しかし僕を含め、大好きなことが明確になっていない人も多いと思います。まずは自分の内面と対話して、大好きなことを明らかにする必要があります。ひとつかふたつに絞り込む作業も必要です。

2. ある程度の専門性があること

自身をコモディティ化させないためには「大好き」だけでは足りないようです。ビルの場合、直感で撮りまくった写真の中に、時代の秩序と呼べるような共通項を見つけ、それを再構成してコラムにまとめる『編集する能力』が高いのだと思います。

3. 気に入ってくれる人が一定数いること

ビルにはファンがいます。コラムのファンもいますし、フォトグラファーとしての技量や、ビルという人間のファンもいます。より多くのファンがいれば、そこから生まれる需要もあります。

4. 金銭的な報酬以外の動機付けができること

ファンの中から需要が生まれる、と言いつつも、それが直接的な収入に結び付かない(結び付けない)場合もあります。事実、ビル自身は連載するコラムからの報酬は受け取らないようです。仕事の報酬は次の仕事、という言葉もありますが、ビルもまた、動機はお金以外にあるのです。

5. プライベートな部分を、経済的にコンパクトにまとめていること

好きなこと、やりたいことを明確にするのと同時に、やらないこともはっきりとしています。普段の生活は住む場所も含めて極めて質素、ファッション以外、食べることなどにもまったく興味は無いそう。例えば、ファッション関係の集まりに出向いても、そこでは飲み物、食べ物を口にしません。パーティーに参加はすれど、彼の目的はその部分ではないのです。

6. 生活の中に、体力を維持する工夫があること

やはり体が資本です。やりたいことがあっても体力が追いつかなければ成果に結び付けられません。ビルの移動手段が自転車なのも、ひょっとしたらこの辺が理由なのかも知れません。


……ビルはしばしば笑いながら、自分自身を「頭がおかしい人」であると、自虐的に評します。確かに、世の中の常識からは外れているようにも思えますが、いやいや、おかしいのは我々のほうかもしれない。

例えば彼はお金では動きません。報酬は受け取らない。お金を受け取ったら、くれた人の言うことを聞かないといけないが、それよりも自由を選択する、と言う。この、金銭よりも自由を優先する、というのは、ビルが自分自身で決めた価値観です。
僕を含め多くの人は「仕事をしたら、それ相応の金銭的な対価を求める。生活していくためには当然のことだ」という考え方に基いて、日々を生きています。たぶんそれは、周りの皆もそうしているからだし、その価値観に何の疑問も持たなかったからです。

でも改めて考えてみたら、これって自分で考えて作り上げたものじゃない。
ビルと僕の価値観の成り立ち、自分で決めたか、既成の考え方を取り入れただけか……ここには大きな開きがある。

印象的だったエピソード

また、昔の出来事として描かれていた、こんなエピソードが印象的でした。

あるときビルは、ファッションショーで発表された洋服を、実際に普通の人が街でどう着こなしているのか?という切り口で写真を撮りました。ブランド服を着こなすモデルの写真と、それと同じ服を着た一般人のストリートスナップを、横に並べて構成したのです。
ビルの目的は、一般の人の着こなしを賛美することでした。ファッションの本質は権威ではない、というようなメッセージが込められていたと思います。どちらかと言えば、モデルの方を皮肉るような(でも決してこき下ろしていた訳ではない)内容でした。

しかし出版社はビルの意図とは無関係なコピーに入れ替え、『あの素晴らしい服が、ストリートでは、こんな惨めな着こなしになってしまう』といった構成に改変してしまいました。
この時、ビルさんはひどく動揺したそうです。写真に映る一般の人々が傷ついていないか、とても気にしていたとか。その後、この出版社とは仕事をしなくなったそうです。

これがビルさんの生き方の本質なのでしょう。先にまとめたような、仕事を楽しむための姿勢も、こうした辛い経験を経由したものであるから、我々に訴えてくるものがあるのだと思います。

好きになれなかったシーン

ただひとつだけ、作品の最後のセンテンスで、ビルさんに少し意地悪な質問をした部分が、個人的は好きになれませんでした。遠回しでしたが、インタビュアーが恋愛と宗教について質問したのです。恋愛の質問に彼は少し困ったような顔を覗かせ、次の質問、宗教ーー特に日曜日の礼拝について聞かれたときには、絶句されてしまいました。
質問者は、彼のセクシャリティと、内面でその志向とどう向き合ってきたのか、という部分に触れたわけです。

しかし、映画を観ていた人なら、そこはあえて取りあげなくても気づくこと。
この質問に答えるビルさんの表情を、作品の締めのハイライトとして盛り込んだのは、ただ下世話な興味からのように思え、あまりよい趣味でないように感じました。

ファッションカメラマン「ビル・カニンガム」

しかし、全編を通して本作は、ビル・カニンガムという生きる伝説にスポットを当てた、素晴らしいドキュメンタリー作品でした。

最後のシーンはまた、普段のビルらしく、ストリートで写真を撮りまくる映像でしたが、そこで流れた、ニコとヴェルヴェッツの『I'll be your Mirror』もニューヨークらしくて良かった。

ファッションに興味があってもなくても、これからの働き方を考える観点からも、映画『 ビル・カニンガム&ニューヨーク 』は、面白い作品だと思います。


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